運動誘発ぜんそく
運動誘発喘息(EIA)ってなんですか?
運動は鍛練療法のところで述べた喘息発作を起こす大風(誘発因子)のひとつです。
- 運動誘発喘息 - 喘息児は運動負荷をかけるだけで発作を起こします。この現象はすべての気管支喘息児に起こる可能性があります。
- 原因 - 運動による過換気(ハアハア)により気道の冷却と水分喪失が起こり、気道上皮の浸透圧が上昇し、気道粘膜上にあるマスト細胞より発作を起こす物質が放出され、肺機能の低下とゼーゼーヒュウヒュウと呼吸困難を起こします。
- EIAの程度と重症度の関係 - 喘息児を重症度べつにわけ、それぞれのグループに同程度の運動負荷を加えて肺機能(1秒量)を測定してみると、軽症では変化無く、中等症では平均約45%の低下と喘鳴、重症では平均約70~80%の低下と喘鳴、呼吸困難を起こします。EIAを起こしやすければ起こし易いほど、ひどければひどいほどその喘息児は重症なのです。
運動誘発ぜんそくの予防法
EIAの予防法 - ぜんそくを治癒に導くためには、EIAの起こらない体を作る事がとても大切です。EIAが起きなくなればなるほどぜんそくは軽症化します。そこで、鍛練療法(運動療法)が必要になってきます。
a)種目の選択
EIAのある喘息児は、運動をすると発作を起こすため運動をする事を敬遠しがちになります。しかし、それでは何時までたっても運動に強くなれず、喘息の軽症化につながりません。EIAを起こさない方法を考え運動を続ける事が喘息の軽症化を可能にする事になります。まず、起こりにくい運動種目を選んで積極的にチャレンジする事です。
※起こりにくい種目 - 水泳、剣道、テニス、野球、バトミントンなどインターバルの取れるものがよい。水泳は、最もEIAを起こしにくい種目とされ、重症の喘息児が実践してもEIAを起こさずに出来るスポーツとして薦められます。泳力がつきどんどん泳げるようになると、EIAの起こりにくい体となり喘息は軽症化し、自分の好きな他のスポーツにもチャレンジ出来るようになってきます。
※起こりやすい種目 - ラグビー、サッカー、バスケット、ランニング等。喘息児の最も苦手な種目は長距離走です。まず、起こりにくい運動種目を選択し少しずつだが積極的に続けることがEIA克服への近道です。
b)適度なウォーミングアップ
運動負荷前に、軽くEIAを起こしそうな程度の適度なウォーミングアップを行なうと、本来の目的の運動によるEIAを予防できます。
c)薬物による予防
運動前に薬物を使用する事によりEIAを起こさず運動が可能になります。
※β刺激剤 - MDI(加圧式定量噴霧式吸入器)を使用し、運動負荷15分前にβ刺激剤を吸入するとEIAを予防できます。インタール(DSCG)の吸入も同様の効果がありますが、β刺激剤(サルタノール、メプチン他)の効果が有意差はないがやや優れています。私たちのデータを以下に示します。
# p<0.001(強い有意差あり)
(1)メプチンエアロゾル>薬物無し
(2)インタール>薬物無し
# 有意差無し
(1)メプチンエアロゾル>インタール
(2)インタール>薬物あり
d)マスクによる予防
ちょっと息苦しい感じがするのですが、マスクで鼻と口を同時に覆った状態で運動負荷をするとEIAを予防できます。国立米子病院時代に重症の気管支喘息児にとってもっとも苦手なランニングを運動療法として毎日取り入れ、私自身も一緒に走りました。
EIAを起こし難いランニング法(ゴーゴ-ランニング法)を開発し、特に寒い時期にはマスクをして走らせました。非常に有効です。ただ、暑い時期は息苦しく絶対β刺激剤の吸入をお薦めします。夏はβ刺激剤の吸入、冬はマスクの使用で苦手なランニング等の運動を克服し、喘息の軽症化を目指しましょう。国立病院時代のデータを以下に示します。
EIAに対するマスクの効果(1秒率の低下率)
※1,200mランニング:測定条件 平均4.6℃(1-10℃)
マスク無し |
マスクあり |
有意差 |
38.7±27.3% |
12.9±20.0% |
p<0.001 |
同様に、冬季に1,200m走を喘息児に試みると、マスクがインタール吸入の使用より有効でした。



*皮膚の鍛錬の効果(夏から始める水かぶり)
気管支喘息の原因は、組織学的には気管支の炎症だといわれています。喘息児の気管支(気道)では、たとえ発作が起こっていない時でも炎症は存在します。そして、気道の炎症が強ければつよいほど気道の過敏性(刺激に対する反応性)がつよいとされています。気道の炎症(気管支喘息発作)を火事と考えた場合、無発作の状態は、鎮火されて(治療されて)黒こげの材木から白い煙が少しずつ立ち昇ってる状態と考えます。
その状態に大風が吹けば、材木は再び燃えて火事(喘息発作)が起こります。この火事の原因となる大風を起こすのは、アレルギ-(HD、家ダニ、空中のカビ類、犬、猫など動物の毛やふけ、花粉、食物等)、RS、ライノ、インフルエンザウイルス感染症などを含む風邪症候群、タバコなどの刺激物、寒冷、温度の日差などの気象条件の変化に反応する気道過敏性、そして運動などがあります。
喘息発作をおこし増悪させるこれらの大風対策が喘息の治療にとってとても重要です。そのひとつとして、特に気道の過敏性の亢進やかぜを引きやすい体質を改善させるために、皮膚の鍛練が有効です。“夏から始める水かぶり”をお薦めします。冷水浴は、現在長期管理薬として使用されて非常に有効な抗炎症薬のない時代には、経験的にその有効性が認められ、積極的に喘息治療に取り入れられていました。その後、その有効性の科学的根拠も発表されました。小児の場合、炎症をおさめ治癒に導く可能性のある長期管理薬の使用と同時進行で“水かぶり”を実践し喘息の完治に向かって頑張りましょう。

登山、合宿などの外泊時、ぜんそく児として注意すべき事項は?
6月6日(日)は、大山の山開き、いよいよ夏山登山のシーズンです。ぜんそく児達も学校の行事や宿泊訓練などで登山に参加する機会が増えてきます。しかし、登山をする場合、ぜんそく児は発作を起こさないよう充分気をつけておこなう必要があります。
国立米子病院時代に、毎年養護学校の先生達と一緒に重症ぜんそく児をつれて大山の頂上までチャレンジし無事登頂?に成功した経験とデータから、ぜんそく児の登山時の注意点について述べてみます。
1)3合目が勝負の分かれ目 - 大山登山の経験者は、ほとんどの方が3合目あたりでとても苦しい思いをしたことがあると思います。ぜんそく児と健康児と比較してみると、同じ様に苦しいとしても、ぜんそく児の場合の特徴は肺機能の低下がみられる事です。ここで元気付け、適当な休憩をとり水分を補給しながら何とかしのげば、その後はほとんどの重症ぜんそく児が無事頂上まで到達し自信を深めることが出来ました。あせらず急がず呼吸のリズムを一定(スウスウハクカクで)にするよう注意しながら自分のペースを守り登ることです。
2)薬物の前投薬 - 登山中のぜんそく発作を予防するには、たとえ普段薬物により発作がコントロールされていても、登山という経験したことのない過剰な負荷が発作を誘発してしまいます。いつもの薬に加えて発作を予防する薬を前投薬しておく必要があるのです。そして、必ず発作が起こった場合に有効な即効性の携帯用ハンドネブライザーを持っていきましょう。勿論、事前にネブライザーの上手な使い方を医師の指導によりマスターしておくことが大切す。仲間に迷惑をかけないためにも主治医の指導をしっかり受けて出発しましょう。
3)宿泊時の注意 - 外泊時の環境の変化が発作を起こします。宿泊施設によっては、ぜんそくの原因抗原であるダニがいっぱいいたり、行事訓練のために疲れ、そして睡眠不足などにより発作を起こします。楽しく行事をこなす為には、2)で述べたように予防的薬物の投与も大切です。そして、ついウッカリ医師から受けた薬物投与などの指示を行事に夢中になって忘れると悲惨な事になるので要注意!!
気管支ぜんそく発作に対する座禅の効果

坐禅は古来仏法における肉体的精神的修行の場で重要な位置をしめ、その基本は「只管打座」と言われている。そして、坐禅をすることにより心身の安定と調和を得る事ができるとも言われている。ところで、気管支ぜんそく発作の誘発悪化因子の1つとして不安定な精神状態があげられている。私と坐禅との出会いは、国立米子病院小児科病棟に入院中の重症ぜんそく児に対して、的確な薬物療法により発作をコントロールしながら、心身の鍛練を重視したぜんそくの総合的根治療法に力をいれていた時期である。
様々な鍛練、運動療法を工夫し実践する中で、心の鍛練を目的としてぜんそく児と共に坐禅に挑戦する事にした。さっそく病院の近くにある禅寺、梅翁寺の倉瀧真清住職にご指導をお願いした。毎週土曜日、早朝6時から約1時間、春夏秋冬、ぜんそく児と共に休むことなく通った。坐禅後におこなわれる読経、般若心経もすっかりいたにつき暗記してしまった。そして、坐禅にぜんそくの発作を改善する効果のある事が肺機能の測定結果から明らかになった。発作が坐禅前にあり、肺機能(PFR)が100と低いぜんそく児が、坐禅後に430に上昇、無発作状態になった症例もみられた。
平均42.1%の肺機能の上昇がみとめられ発作が改善された。入院ぜんそく児の中には、発作が起こるとベットの上で坐禅をして呼吸を整え、発作から開放される児も見られるようになった。
自分自身も曹洞宗の大本山永平寺で短期間ではあったが、本場の坐禅を経験する機会を与えてもらった。早朝、3時起床、禅堂で本山の僧の指導で結跏趺坐、途中自ら望んでキョウサクを受けた。禅堂の静寂を破って響くパシッとゆう音の割にはまったく痛みを感じなかった。坐禅後、朝のお勤めにも参加、静寂な僧堂に響き渡る修行僧の読経の声に身の引き締まる思いであった。あの感動は、今でも脳裡にやきつき忘れられない。
下山し、その足で日本小児アレルギー学会(金沢市)に参加、気管支ぜんそく発作に対する坐禅の効果について発表した。坐禅は、ユニークではあるがぜんそく発作の治療としては有効な方法のひとつと考えられる。機会があればぜんそく児には是非チャレンジしてみて欲しいものである。梅翁寺では、今も土曜日は坐禅会がおこなわれている。